明治政府が抱える熊本鎮西鎮台。
彼等の擁する近代兵器は大砲、高性能の小銃など当時の最新鋭の装備である。
対する、敬神党一党は昔ながらの甲冑に刀槍に弓矢等を携えての井出たち。戦術はなく、ただ志と信奉する神慮に沿った極めて純粋な精神闘争である。
武力という点で見ても、攻撃力は鎮西軍に劣るものであった彼等がこれだけ敵勢力を追い込むには夜陰急襲と武士道精神に則った死を恐れぬ斬り込みを断行する他なし。
烈士等は、小銃に次々斃れ行く同志の屍を踏み越えて、尚その銃口の先を目指し突進していったのである。
「そら、賊徒共は残らず掃討せよ!」
鎮台の営兵達は、弾薬庫を開いては銃に弾を込め銃弾の雨を波状に仕掛けていく。
烈士らは次々と斃れ、そしてまたそれを乗り越え切込みを繰り返す。
戦が長引くにつれ、敬神党と鎮台の優劣が見え始めてきた。
それでも、烈士等は太田黒加屋両帥健在であり以前指揮はその強靭な精神を以って失われる事なく保たれていた。しかし。
「無念!」
加屋は己が傍で戦い続けた同志の影が崩れるのが見えた。
白髪の老将であり、彼にとって一党の長老、大先輩である斎藤求三郎である。
首へ被弾した様で、大量の血が流れ出ている。
斎藤はもはや動くも話すもかなわず、口を開けばそこからむせ返るような血が滴り落ちるものであった。
「斎藤先生!」
加屋が名を叫ぼうとも、もはや斎藤からの返答は無く、その体は抜け殻の様に崩れ落ちるのだった。
そうする間にも、野口知雄や福岡応彦、内尾仙太郎他多くの烈士らが銃弾に倒れた。
そして、ついに敬神党の指揮を左右する事変が起るのである。
斎藤求三郎、野口智雄など次々と隊士らは斃れ戦況は大きく変化しつつあった。
「伴雄さん!もはや退くは出来ん、一気に犠牲に構わず斬り込むほかありませぬ!」
加屋は怒声を上げた。
額に汗が滲み、手や体は鮮血を受け赤く染まったが気にとめず、同胞の屍を踏み越え彼は進む事を進言した。
「ああ、我等は神兵じゃ!何ら恐れるものもなし!只管進むのみだ!」
太田黒も同じく赤にまみれた衣を振り払い深く頷くや、剣先を城に向け突撃を続ける様号令を出したのである。
本隊は合流し、激戦を二の丸で繰り広げた。
一時かそれ以上になるだろうか、敬神党と鎮西鎮台軍の攻防は未だ止まずであった。静かな筈の夜に、轟音と怒声が交差する熊本城内。激しい銃声と鍔迫り合い、金属音。
血と肉が飛び散り地を染める様は戦の激しさを物語っていた。
「前進せよ!ここより切崩せ!」
加屋は声を上げ、地の滴る両刀を下げて敵陣を睨みながら、指揮を執る。隊士らは副将たる人物の声を頼っては、それを目指して刃を取り走り寄る。その姿を捉えたものがあった。
鎮台軍の将校である。彼は、戦況を後方より広く見渡さんと目を四方に向け戦の勝機を探っていたのである。