神風連事変 七話

彼ら襲撃隊が動きをはじめたその時、本隊は藤崎宮より二手に分かれ城下ほど近い大砲営、そして歩兵営へとそれぞれに向かっていた。

「新開!砲兵営はまだ沈黙しております。」

斥候を放った報告によれば、砲台は戦う気配を見せていないらしい。
恐らく気付いてないのだろう。ともなれば、一刻も早く叩いて
機能を封じるべし。大砲を擁する砲営を無傷に残して置けばこちらの被害も大きく、下手をすれば殲滅されかねない。

太田黒は低い声で神兵たちを急行させた。
大きな柵が円を描くように並べられ、一つの砦を築いている。
営内をぐるりと見渡すも、伏兵がいる様な様子は見受けられなかった。

「新開、築かれぬよう柵を取り払い、一気に攻め込みましょう」

横に控えて同じく率いてきた加屋が耳元へ囁いた。
静けさ故か、小さな音一つ立てても気付かれる恐れがあり緊張した空気が辺りに張り詰めている。
彼の低い声は冷たい風に守られ営内へ響く事はなかった。
「うん。同感だ。砲台を使わせぬよう、一気に攻めあがろう」

そうして、70余名の隊はゆっくりと慎重に闇にまぎれて柵を取り払って
行き、営内への打ち入り口が現れたのである。
加屋は密かに数人の隊士を寄せて、大砲を分捕る様綿密に支持を出し彼らを
隊から分離させた。

丁度その時、本隊第二陣が攻め寄せる歩兵営より時の声が上がるや太田黒は今だといわんばかりに、総攻撃の命令を下すのであった。
暗く冷たい戦いの幕開けである。

敬神党が神がかりの一挙は遂に火蓋を切ったわけだが、彼らの装備を鑑みれば、軍配がどちらにあるものかは凡そ解るだろう。
一党の長老、上野堅五は近代兵器を用いる事を提唱するが、既に神兵となった彼らにとって受け入れられるものではなかった。
それ故、最期までそれを悔やんだ上野であったが、火器を用いることは無く古来よりの刀槍に加え、焼玉と油入りの竹筒のみ携えての戦いへと進むのであった。
糧食、医薬物資については、敵地調達とし、ただ戦う術のみ整えて決戦に臨んだのである。

第二陣、太田黒の部隊が進行する頃、第三の富永守国率いる部隊は気取られぬよう、歩兵営に近づいていた。

「同士達の為にも一刻も早くこちらを占拠せねばならぬ。」

富永は静かに、自分に言い聞かせる様に言う。
彼は二千余名を超える大軍擁する鎮台軍相手に、できる限り自分達の無勢を悟られぬよう、急襲し兵力を削っておきたいと考えていた。
だからこそ、今改めて自身を戒め奮い立たせねばならないのであった。

「富永さん、歩兵営の兵士共はまだ動く気配も無ければ、こちらの事も一切感知しておらんようだ。」
「そりゃいい、急ぎ行動を起こそう。」

野口ら若い隊士らは、逸る気持ちを抑えられず富永ら幹部が指令を下すのを待ちわびている。

・・・確かにこのままじっくり待ってやる必要もない。急襲によって混乱を起こし叩けるだけ叩いておかねば厄介

歩兵営に程近い場所まで辿り着いた一行は、ただ指揮を執る者の声を待つのだった。
富永は、斬り込みを決意するや素早く刃を敵陣へ向け突き出した。

「皆この一戦一夜に全てを注げ。我らは神兵ぞ、何人たりとて恐るるに足らぬ。さあ一気に叩くぞ。」

声を張り上げたと同時に、待ってましたと隊士らは営内へ躍り出た。
歩兵達は、富永らの時の声にビクリとして床から飛び起きると、まだ半分寝ぼけ眼をあわてて擦りつつ、異常事態である事を知った。
彼らとて全く予知せぬ事ではない。
県令安岡にせよ、鎮西司令である種田少将にせよ、何らか敬神党一派が事を起こすであろうと踏んでいたが、まさかこういった形になるとは未だ思っても無かった事。
熊本城本営を攻め寄せるなど無謀極まりない事をしようとまでは想像もなき事だっただけに、一層の混乱が広がっていったのである。

富永一隊は柵を開き一気に営内に駆け込むと兵舎のあちらこちらに予め手配をしておいた焼玉を投入すると一層勢い付いて、敵兵と見かけては刀身をギラつかせそのまま斬り付けていったのである。

「このまま一気に押し込め!城内にまで到達せよ!」

士気は高揚し、隊士たちは我先にと本懐遂げるべく只管に城を目指し刃を振るう。
鎮西の兵士は多勢ながら見えぬ敵を相手に、混乱酷くうろたえていた。

「敵はどのくらい居るのだ!」
「あの曲者共は何奴じゃ!!」

彼らの姿は鎮軍の兵士らには解らなかったのである。
突如起こった襲撃に、闇夜に紛れて姿も見えない。
混乱極まりいよいよ、敗走の色も見え始めたかと思われた頃、富永ら神風連の誤算が生じてきたのである。
彼等は急襲をかけて攻め寄せる際、兵営を焼き払おうと焼玉を投げ入れていた。それが営内、つまり戦場を大きく照らし視界を広くさせていたのである。鎮軍の将校はふと冷静に戦場を見渡し、怒声を上げた。

「敵は寡勢だ!怯むな!」
「そうじゃ、隊列を整え射撃をすれば一網打尽にできるぞ!」

慌てふためき逃げ惑う兵士達は、ハッと我に返り指揮官の声に耳を傾け逃げる己を何とかとどめた。
敵の数が少ないのであれば恐るるに足らずと。
兵士達はこの一言で力を盛り返し、急ぎ弾薬庫を開くと神風連隊士らを目掛け一斉射撃を開始した。

これにより、戦場は大きく形勢を変えた。
神風連隊士らはもとより小銃など近代兵器を持ち合わせていない。
従来の刀剣を以って戦おうと誓って未だに刀槍のみ。
流石にこれは歩が悪いらしく、富永部隊は次々と銃弾の前に斃れていった。福岡応彦、吉海良作ら幹部や井上豊三郎などであった。

この時砲兵営での合戦を迎えていた太田黒・加屋本隊は、歩兵営での戦闘が始まると同時に、同じく柵を越え無事進入を果たしていた
彼等は富永隊に同じく、この一戦に全霊を賭け望んでいたから、その勢いは凄まじく次々と兵士らを切り伏せていった。
やがて、兵舎は赤く炎に包まれ炎上し、営内は逃げ惑う兵士らの悲鳴と隊士らの怒声で騒然となった。
長老格で一党を指揮する斎藤求三郎は得意の槍術を以って活躍すれば、若い隊士らも我も続けと踊りでて刃を振るう。
と、暫くの混戦が続いた時、城南の坂より大島歩兵中佐が馬を飛ばし姿を現した。
彼は並ならぬ腕を持つ剣客で、若い隊士古田十郎や青木暦太ら二人を赤子の如くあしらう。流石にこれは若い彼等には厳しい展開となり危うくなってくる。

「ええい、俺が斬ってやろう!」

後方から躍り出たのは、首魁太田黒であった。
彼は大島中佐に飛び掛るや、一太刀でその胸部を貫き倒してしまった。太田黒は片手で斬り倒したのであったが、その少し前闇夜の戦場で不覚にも同志の刃にあたり、腕を負傷していたのである。
何にせよ、彼等は一人大物を仕留めた訳である。
そこへ、砲兵営を打破し掃討の指揮を執っていた加屋が傍へ駆け寄って来た。

「砲兵は壊滅しました。急ぎ富永隊と合流しましょう!」

彼は大小二刀を抱え、進言すると歩兵営を窺いキッと睨み付けた。兵力も多い歩兵営を富永ら70名の隊士だけで占拠するは厳しい事を誰もが承知していた。だからこそ、加屋もいち早く救援に向かいたかった。

「ああ、急ごう!」

と、そこへ野口らが一つの黒い塊を引き寄せてきたのである。

神風連の乱

しげはる

神風連偲奉会運営

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