古典をるに日本書記日 始業嗚昇天之時云
(中略) 天照大神云々(中略) 乃勃然而日吾弟之來登以善意乎、謂當有那國之志、夫父母既任諸子各有其境,如以 栾 置 當就之固、而敢窥此處乎、乃結髮爲云
(中略) 急握剣柄云々(中略)稜威之雄誥、一書日日神云
(中略)必常高天原 乃設丈夫武備 躬十握剣九
八劍云々(中略)親防禦云々。
谷川氏詮日、三劍者大刀短刀馬手也、さて後
の物ながら、 明第元儀か武志に皇國の刀制を論じ刀之大小短長不同名立亦異也、毎人有一長刀謂之佩刀、又有一直刺刀長尺餘手刀長尺餘謂急拔亦刺刀之也、此三物乃随身用云々などあるを見れば我三創の制は巳に外でも明かなるの久きを思ふべあてに天照大神の八坂瓊 素戔鳴尊の十握剣、互ひ乞渡しへる御約中より、 天忍穂耳を始五男神三女神等生成ませりき、 是時天照大神勅日共十握剣者是素戔鳴館物也、三女神悉是爾兒云~
(中略)ー延喜神名ー検討
伊邪那美は、火を生ませるにて神避坐しかば、伊邪那は其御佩せる十拳劍を抜て火神の頸を斬り玉ふ、共御剣に着る血とも盤石と成り、或は石折神石筒炭速白神建御雷神と生成玉ふ、 乃ち古事記に自石折神以下(中略)併八神因御刀所生之也云

